ウォーカー・ブラザース 初来日から40年 (最終日)

1967年 ウォーカー・ブラザース初来日4日目から離日までの記録。

★2月8日(水) 晴れ 

慌ただしかった日本でのPR活動もこの日が最終日。

12:00  雑誌・ラジオの取材 (ホテルの部屋で)
15:00  TBS「ヤング720」の収録
17:00  帝国ホテルのバーで休憩
18:00  都市センター・ホール(平河町)でML誌主催ファンとの交歓会
19:00  パトカーでホテルに戻る (ホテル側の指示で特別室に変更)
21:30  ホテルで「サヨナラ・パーティ」

★「ヤング720」(ヤング・セブン・ツー・オウ)は月曜日~土曜日の朝7:20~8:00に 「ヤング」なファッションやカルチャー 歌謡曲・ポップスの他 当時台頭してきた日本のフォーク・シンガーとグループ・サウンズなどの音楽演奏・芸能情報を発信していた若者向けのTV番組。 

この番組の資料によると ウォーカー・ブラザースの放映日は2月10日(金)。
この日が運命の出会いとなったという方も多数おられると思います。
日本ではそれまで The Beatles以外のロック系外人アーティストがTVで扱われることがほとんど無かったところへ突如現れたThe Walker Brothersの耳新しい音楽と目を見張るようなルックス! 登校前の日本の少女たちがTVの前にくぎ付けになり たちまち爆発的な人気を呼んだのは言うまでもありません。

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(ちなみにWBにもご縁のあったGSのカーナビーツなどはこちら

『日本のTV局はどこも僕たちをうまく写してくれたので大満足しています』 (WB談)
TV出演によるプロモーションが日本で最も功を奏したのがウォーカー・ブラザース。 彼らの「孤独の太陽(In My Room)」と「ダンス天国」がアッという間に全国に広まり No.1ヒットになりました。
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 (ML誌のグラビア用のセーター ゼッタイScottの趣味じゃぁ ナイ!)

どちらも大変シンプルな曲ですが 「ダンス天国」のヒットは 当時の日本では黒人のR&B(リズム&ブルース)を受け入れる土壌が一般的にはまだ無かったため 白人のWBバージョンがR&Bへの先鞭をつけた画期的な出来事でした。 (個人的にはB面の「Looking for Me」が大好き!)
また「孤独の太陽」は バッハの「トッカータとフーガ」の有名なイントロで始まり 朗々としたスコットの低く深い声が大きな魅力でした。 

しかしながらイカンセン40年前のこと。。。 昨今「孤独の太陽」と言うと サザンの桑田圭祐氏のアルバムの方が有名なんですよね。。。(T_T) あるとき彼のラジオ番組を聞いてたら「ウォーカー・ブラザースにスコット・ウォーカーがおりまして~」とご存知だったので 私は益々桑田ファンになったのですけどね。。。(^_-)

 ◎WBからの要望で 当日TBSの別のスタジオで収録していたスパイダースと控え室で一緒に記念写真を撮ったそうです。 今でも現存するのかなぁ? (後記:ありました。 Scottはちょっと不機嫌そうなダルそうなかんじでした)(ーー;) 

★帝国ホテルと言えば 建築家ライトの設計になる旧帝国ホテルが記憶にありますが 旧館は奇しくも1967年に解体され 玄関・ロビーを含む一部が後に明治村へ移築・保存されました。 WBが立ち寄った当日はまだ旧館があったと思われますが 当時のファンの方 ご存知でしょうか?
 ◎現在の帝国ホテル オールド・インペリアル・バー(昔の建物の雰囲気を残す唯一の場所)
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 ◎昔の帝国ホテルライト館全景はこちら

★都市センター・ホールで開催された「ウォーカー・ブラザース 今日は」の集いは ML誌に応募してきた10,000通の中から抽選で選ばれた1,000人のファンとWBとの興奮の初顔合わせ。
来日以来のスライド写真や「Ready Steady Go」のフィルム上映後 WBが舞台に登場するや ものすごい歓声と熱狂! Johnは客席に近づきファンと握手 Garyはファンが投げ入れたスカーフを首に巻きはしゃぐ。 一方Scottはステージ中央の後ろに立ったままライトをまぶしそうに避け呆然とした様子。 (これだけでも3人のキャラがわかりますね~)
9名のファン代表による一問一答の後 WBと熱い握手をしたファンへ客席からは羨望のため息。
このときの様子が 日本盤LP"Images"のグラビアに 手を横に広げるScottの写真が歌詞と重なって載っていましたが 今度2月28日に発売される紙ジャケ版では どうなっているでしょう? (追記:残念ながらゴージャスな日本版ではなくシンプルなUK版でした。) (T_T)

★お疲れさま ウォーカーズ。
すべてのスケジュールを終えたWBと関係者との「サヨナラ・パーティ」。
Johnからは スタッフに対してねぎらいと感謝の言葉があり Garyからは 日本のファンへのお礼と感謝。 Scottからは 『僕たちはすぐにまた日本へ帰ってきますよ。 そうしたら またガードマンを引き受けてくれますか?』と珍しく陽気な笑い声が上がったのだそうです。

W*A*L*K*E*R*S

★2月9日(木) 小雨 

7:00  起床
8:30  羽田空港へ出発
10:00  JAL002便でハワイへ向け離日

冷たい小雨の中 竜巻のような旋風を巻き起こしたWB一行は ファンや関係者との再会を約束して車に飛び乗り 見送るスタッフに「バーイ」と手を振って羽田へ。 この時Scottは 日本土産の「学生服」をまた着ていたそうです! お土産は他に「着物4枚」「三味線一さお」。

☆「学生服」のその後が気になります~。もしかしてTiltの歌詞に歌われているのかも?!
   
 ♪Stampede by my old jacket in the dark 
  Someday I'll pick it up
look for the maker and whisper

★以上は私の手元にある当時の音楽雑誌「Music Life」のリポートを参考にして まとめたものです。 1967年当時を知るファンの方からWBに接したご報告があれば 嬉しいのですが。。。

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